宇宙エース

 

  宇宙エース

「宇宙エース」は吉田竜夫作・画による漫画作品で、集英社の月刊漫画雑誌「少年ブック」に1964年7月号

〜1966年5月号まで連載されヒット作品となりました。また、テレビアニメでは1965年5月〜1966年4月

までフジテレビ系列で全52話が放映され人気を博しました。


テレビアニメ「宇宙エース」は、竜の子プロダクション制作のテレビアニメ第1作です。竜の子プロダクションの

設立は、1962年に吉田竜夫が弟2人と共に漫画原稿執筆のための工房として立ち上げました。


テレビアニメ「宇宙エース」は当初、東映動画第3作として企画され、竜の子プロはあくまでも原作提供と制作

一部下請けという範囲での関与を予定していましたが、権利関係をめぐる交渉が暗礁に乗り上げたことから

制作は中断。吉田竜夫は「宇宙エース」の企画を引き上げ、改めて竜の子プロがスタジオを建設し自社製作

を決意し、原稿執筆の工房からアニメ制作会社へと新たな第一歩を踏み出しました。


制作を決意したものの竜の子プロはアニメ制作には全くの素人で、東映動画の養成所で育てていたスタッフ

2名を引き上げて制作に取り掛かりましたが、企画・制作・撮影をすべて社内で完結させる一貫体制には、

かなりの努力を必要とし相当な苦労があったようです。しかし、吉田竜夫は自ら作画監督、プロデューサー、

デザイナーと幅広く積極的に活動し、またスタッフ全員も「良質な作品を残したい」との思いから手抜きをせ

ず一丸となって多くの試練を乗り越え、出来上がった「宇宙エース」は完成度が高く、いまでも賞賛に値する

作品となっています。

一方、東映動画も「宇宙エース」に代わる企画として、1964年11月号から月刊漫画雑誌「ぼくら」に連載中

の「宇宙パトロール ホッパ」をテレビアニメ化して1965年2月から同年11月までNET(テレビ朝日)系列で

放映しています。


(ストーリー)アンドロメダ星雲の中にパールム星という星がありましたが、大氷河期に陥り滅亡の危機にさら

されます。パールム星人たちは宇宙船団を組んで脱出し、新しい移住先の星を探して銀河系宇宙へとやって

きました。パールム星人の王の息子エースは、航行中の宇宙船団の仲間からはぐれ、一人だけ21世紀の

地球に漂着します。エースは地球の科学者たちに発見されてタツノコ博士のもとに身を寄せる事になります。

初めは地球での生活に戸惑いもありましたが、タツノコ博士の一人娘アサリの献身的でやさしい心くばりで

次第に地球人の生活にも馴染んでいきます。また、パールム星人に捨てられたロボットのイボは、当初はエ

ースに復讐しようとしますが、タツノコ博士に改造され可愛らしい犬型ロボットに変わり、エースの良きパート

ナーとなります。そうしてエースは、地球人のために、さまざまな敵と戦い平和を守るためパールム星人の特

殊能力を発揮し大活躍します。


吉田竜夫は、戦後間もなく両親を亡くし、独学で絵を学び地元の京都で新聞や雑誌の挿絵・紙芝居の下絵な

どを描き始め、そして挿絵や絵物語の作家を志して上京し活動。のち漫画家に転向し梶原一騎原作の「鉄腕

力也」で漫画家デビュー。その後の代表的な作品としては「チャンピオン太」「少年プロレス王」「宇宙エース」

「スーパージャイアンツ」「マッハGoGoGo」「少年忍者部隊月光」「ハクション大魔王」「昆虫物語みなしごハッ

チ」「科学忍者隊ガッチャマンシリーズ」などの漫画やアニメの傑作を数多く世に送り出しましたが、45才の

若さで病に倒れ亡くなりました。

その後、吉田竜夫の長女すずかも漫画家となりデザイナーの道を歩むようになるのですが、当時高校生だっ

た長女すずかが進路について聞かれ「絵を描いていきたい」と言った娘に、父親の吉田竜夫が贈った言葉

は「ディズニーに勝てよ」だったそうです。

吉田竜夫の座右の銘は「世界の子供たちに夢を」とのことですが、最終的にはディズニーのように遊園地開

園を夢みていたそうで、候補地選びまで計画が進んでいたとの話もあり、早くして閉じた生涯が大変惜しまれ

ます。生きていれば実現していたかも知れません。


マッハGoGoGo

 

展示された実写映画用「マッハ号」

 

  マッハGoGoGo

「マッハGoGoGo」はカーレースアクションのテレビアニメで、1967年2月〜1968年3月までフジテレビ系列で

放映され、アメリカでも「Speed Racer」のタイトルで人気を博し、何度も再放送され今なお根強いファンがいます。


その後、実写版映画としてアメリカで、原作のイメージをほぼそのまま映像化し製作された「スピード・レーサー」

が2008年5月ワーナーブラザーズ配給で封切られ、日本でも2008年7月劇場公開されました。


吉田竜夫の夢は実現しませんでしたが、マッハ号はハリウッド映画の中で実在の車として甦りました。


 

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