口笛探偵長

 

 口笛探偵長

「口笛探偵長」は、双葉十三郎原作で「週刊少年サンデー」に探偵小説として1959年日の創刊

号から1960年724日(30号)まで連載されたものを、テレビで1959年7月〜1960年5月まで全

45回、日本テレビが放映しました。


主演、口笛探偵長/坂東吉弥、その他出演者/松本栄蔵、藤原伸也、渡辺典子、伊達 信、飯田は

るえ、今井 一、村田はるみ、見明凡太郎、ユセフ・トルコ、川本義英、丹波哲郎、石橋雅美、他。


主役である坂東吉弥(ばんどうきちや)の父は初代・坂東好太郎で母は女優の飯塚敏子。昭和12年

6月、長男として生まれ、昭和27年8月大阪歌舞伎座『仮名手本忠臣蔵』討入の浪士で坂東吉弥(二

代目)を名乗り初舞台(当時15歳)。同年関西歌舞伎へ。昭和33年テレビ界ヘ移り、昭和35年東映

に入社。昭和37年9月 志を新たに歌舞伎復帰。昭和44年名題適任証取得。昭和47年伝統歌舞伎

保存会会員の第二次認定を受ける。のちに国立劇場賞優秀賞や歌舞伎座賞などを受賞しました。

弟には現・坂東彌十郎がいます。


父の坂東好太郎は、映画が全盛期だった頃、長谷川一夫、高田浩吉と並んで「松竹三羽烏」と呼ばれ

た銀幕の大スターで晩年は歌舞伎役者として活躍しました。


坂東吉弥は、大スターの子供として育ち、映画界に憧れ一時は東映にも入社しましたが、実状は志と

違うことも多く悶々の日を過ごしたと云われ、映画での役柄は父親と違って出演した24作品の全てが

脇役でした。

昭和37年に伯父の八代目坂東三津五郎 襲名を機に東京の歌舞伎に戻りましたが、この時の映画界

での脇役経験が歌舞伎役者としての演技に大きな影響を与えたようです。


坂東吉弥のその後の歌舞伎界での活躍は名人脇役としていぶし銀の演技を見せ、歌舞伎界にとって

無くてはならない存在とまで言わしめました。「俺はナンバー1の役者にはなれない。だからナンバー2

のナンバー1を目指している」との言葉を残しています。


このテレビドラマ「口笛探偵長」は、坂東吉弥がテレビ界へ移った翌年 昭和34年のテレビ出演で当時

22歳、映像の世界では最初で最後の主役だったようです。


「口笛探偵長」の放映当時は、テレビでの探偵物が大ブームで、「月光仮面」(月光仮面である祝十郎

は私立探偵)、「怪人二十面相」(ライバルは名探偵・明智小五郎ひきいる少年探偵団)、「少年ジェット

」(少年ジェットこと北村健は名探偵・舟越宏の助手で少年探偵)、「まぼろし探偵」(少年探偵)、「七色

仮面」(名探偵・蘭光太郎が七色仮面)など、殆どが探偵に絡む内容でした。


この「口笛探偵長」は、そうした背景下でテレビ化された探偵ドラマで、「週刊少年サンデー」掲載スタ

ートのわずか3ヶ月後にはテレビ放映が開始され期待度も高かったようですが、内容は斬新さに欠け

、それほど好評を得られず終ったようです。

もしもブームに乗って、この作品が大ヒットしていたら、坂東吉弥の人生も違っていたかも知れません。

その意味では、この探偵ドラマは坂東吉弥の生涯の中で一つの節目の時だったようにも思えます。


また 、この「口笛探偵長」に、のちに大物俳優となる丹波哲郎(当時27歳)が端役として出演していま

す。上記掲載メンコの下から2列目右端のテーブルを挟んで右に写っているのが丹波哲郎ようです。


尚、原作者の双葉十三郎は「週刊少年サンデー」の小説「口笛探偵長」終了後、新シリーズとして奇を

てらったような「幽霊探偵長」(挿絵では、目出し帽のような頭巾をかぶりマントを付けている)を連載し

ているようですが残念ながら殆ど記録は残っていません。


坂東吉弥は、昭和36年には映画「新諸国物語 黄金孔雀城」全4作にも勘助役として出演しました。


なお、双葉十三郎原作の探偵小説「口笛探偵長」(文/双葉十三郎、絵/石原豪人)は「週刊少年サ

ンデー」のほかに、同じ出版社である小学館の「小学五年生」に1960年(昭和35年)香山ふみおの

漫画でも連載されています。

 

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