忍者部隊月光

 

  忍者部隊月光

「忍者部隊月光」は昭和30年代最後の年の昭和39年にNAC(国際放送)が制作したアクション

ドラマで1964年1月〜1966年10月までフジテレビ系で全130話(第118話より「新忍

者部隊月光」に改題)が放映されました。

原作は、竜の子プロダクションの創設者吉田竜夫による漫画「少年忍者部隊月光」で、少年画報社の

「週刊少年キング」に1963年の創刊号から1965年まで連載されました。


出演、月光/水木 襄、月影/渚 健二、月輪/石川竜二(石川龍二、石山竜二)、名月/山口 暁

(山口豪久)、半月/小島康則、満月/山本磯六、流月/手塚しげお(手塚茂雄、手塚茂夫)、三日

月/森 槙子(森 槇子)、銀月/加川淳子、新月/浅沼創一、あけぼの機関長/中山昭二、天沼/

小笠原 弘、矢野/国方 伝、ブラック団総統/ピーター・ウイリアムス、M3号/浜村美智子、M

0号/友田 輝、M2号/三鬼 濁、幻仮面/松原光二、幻影仮面/友田 輝、その他/広川太一郎

、沖 竜次、九重京司、須永 恒、金沢重勝、大月ウルフ、岡 竜弘、原田一雄、松井明和、近藤圭

三、加川淳子、他


原作の漫画「少年忍者部隊月光」は、時代背景が太平洋戦争当時のもので、スパイ訓練をうけた中野

学校卒業生たちで編成された少年忍者部隊がアメリカ、イギリス、インド、中国、ドイツ、アフリカ

などの世界各国を舞台に激動の戦場を忍者の武器と科学を駆使し活躍を続ける物語です。


テレビ化された「忍者部隊月光」は太平洋戦争時代から現代に時代を移し、配役も少年から青年へと

変更、タイトルも「少年忍者部隊月光」から少年を取り「忍者部隊月光」となりました。


敵は世界征服をたくらむ強大な秘密組織で、忍術を駆使する“ブラック団”、科学技術を悪用する

“マキューラ”、妖術を操る“まぼろし同盟”など。

“忍者部隊”は伊賀や甲賀の流れを組む若者達が国連の秘密機関である「あけぼの機関」に所属し、

忍者の武器や近代諜報技術を駆使して秘密結社の陰謀に挑み、人類の平和と正義を守るため特務機関

として活躍します。

このテレビの「忍者部隊月光」は放映開始から視聴率20%に達し、連載漫画のストーリーも放映と

同時に現代の話になりました。

放映4カ月目には視聴率36.8%を獲得、最盛期は40%以上の人気を博し、1966年1月には

オーストラリアでも放映されました。

オーストラリアでの「忍者部隊月光」のタイトルは『幽霊諜報部員』だったそうですが、その前年ま

で放映された大瀬康一の「隠密剣士」(タイトルは『ザ・サムライ』)が大フィーバーした後だけに

期待度も大きかったようですが「隠密剣士」に出てくるような特殊な忍法を使う忍者にくらべ、現代

版の『幽霊諜報部員』は忍法を使わない武器だけの忍者では迫力にかけ、オーストラリアでは「隠密

剣士」ほどの人気は出なかったようです。


また、テレビ版「忍者部隊月光」が始まった年の1964年7月には東映製作の劇場版「忍者部隊月

光」がテレビと同じ配役で作られ好評を得ました。


主演の水木 襄(みずき じょう)は、1958年、明治学院大学3年の時に木暮実千代の推薦で、

東映の第4期ニューフェースとして入社。そしてこの年、本名の石川良昭で中村賀津雄主演の映画

「不適なる反抗」の中で俳優デビュー。以後、中村主演の一連の社会派不良少年物に助演したのち、

芸名を水木 襄と改め、1959年度エランドール賞新人賞を受賞。その後はアクション映画に出演

する一方、佐久間良子とのコンビで純愛映画に主演。1961年には東映動画スタジオ制作の長編ア

ニメーション映画「安寿と厨子王丸」に佐久間良子と共に声優として参加。そして1964年に、こ

の「忍者部隊月光」の主役に抜擢され(当時26歳)、以降、テレビ中心に活動し「特別機動捜査隊

」にレギュラー出演したのち第一線から姿を消しました。

尚、水木 襄と同時期東映入社の第4期ニューフェースには、室田日出男、山城新伍、佐久間良子、

花園ひろみ、山口洋子らがいます。


 

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